1999年にインターネットの海に飛び出した少年少女を通し、当時のインターネットを描いていく『オンラインの羊たち』(発行元:ジヘン)が、連載開始時から「懐かしくて刺さる」と、一部のインターネット好きの間で話題になっています。

同書の単行本発売を記念して、長くインターネットの第一線で活躍する起業家・けんすう(古川健介)氏とジヘン編集部の対談を前後編お届けします。

参加者
:けんすう(古川健介):起業家。インターネット上では「けんすう」名義で幅広く活動
:井上:事業部長(インターネット歴14年。最初に買ったPCは『iMac G4』)
:進藤:編集(インターネット歴20年。最初に買ったPCはVAIOの『PCG-C1R』)

進藤 : 今回は『オンラインの羊たち』の1コマを引用してツイートされていたのを見てご連絡させていただきました。読んで頂きありがとうございます!けんすうさんは普段からマンガを読まれるんですか?

※きっかけとなったツイート

けんすう : なんでも読みますね。そこそこ読んでいると思います。90%以上は、電子で読んでいますね。月50冊は買っているので、紙だとスペースが取れなくて。

井上 : それは相当読まれていますね。今回は、1999年のインターネットを舞台とした『オンラインの羊たち』単行本発売記念として、インターネット文化に詳しいけんすうさんにインタビューさせて頂く企画ですが、ざっくばらんに当時のインターネットのことなどを語って頂ければと思います。

『呪いの掲示板』を開設したら、霊媒師からメールが来た

井上 : 『オンラインの羊たち』は、一人の少女のインターネットとの出会いを中心に描かれた物語ですが、けんすうさんのインターネットとの出会いは何でしょうか?

けんすう : 中学生くらいのときに、NECでやっていた『PC-VAN』(注:パソコン通信サービス)だと思いますね。いわゆる『www』ではないインターネットになるんですけど。

進藤 : それに触れていた中学生なんて、当時ほとんどいなかったんじゃないでしょうか。

けんすう : そうですね、全然いなかった気がします。出会いという意味では、『PC-VAN』でインターネットという概念は知ったと思いますね。その後、『IE2』とか『IE3』の時代に『www』でインターネットが通じていろんなサイトが見れるというのが、中学校3年生か高校生くらいでしたね。

井上 : ご実家でインターネットをされていたんですか?

けんすう : 実家です。『PC-9821』(注:NECが1992年から2003年まで販売していたパーソナルコンピュータの製品群の名称)とかを使っていたと思います。

進藤 : 『PC-88』(注:NECが販売していた、パーソナルコンピュータ「PC-8801」及びその周辺機器のシリーズ名)があって、その後が『PC-98』(注:NEC が開発及び販売を行った独自アーキテクチャのパソコンの製品群の名称)でしたよね?

けんすう : そうです。それで『PC-9821』くらいで爆発的に売れたんですよね。

進藤 : ご自身でサイトを立ち上げたりもされたんですよね?

けんすう : 高1くらいでサイトを作ったりはしてましたね。姉が大学の授業とかでHTMLみたいなのをやって。こんなのでできるんだ……という感じで触ってましたね。

井上 : 当時は手がかりもあまり無い時代だったんじゃないですか?

けんすう : いや、インターネット上でそういった情報はたくさんありました。『とほほのWWW入門』みたいなサイトが当時もあったと思います。それを見ながらメモ帳で打ち込んでいって。

井上 : 最初に作ったサイトってどんなサイトでしたか?

けんすう : 恐らくなんですけど、『呪いのサイト』というサイトになるはずです。アクセスカウンターというのが昔あって、アクセスが沢山増えたら面白いなと思って、「このサイトを5人に見せないと死ぬぞ」みたいなのを作ったんですよね。

進藤 : チェーンメールとか不幸の手紙とかの類ですね(笑)。

けんすう : それ自体は全然流行らなかったんですけど、『teacup.』っていう『GMO』の掲示板サービスを使った『呪いの掲示板』っていうのを設置したら、そっちは凄い流行って。呪いたい人の名前を書いておくと何かあるよ、みたいな(笑)。

井上 : 今考えるとなかなかエグいものを作りましたね……。

けんすう : でも霊媒師さんからメールが来て、「掲示板に良くない気が集まっているから削除した方が良いですよ」って言われて。

井上 : その霊媒師さん、ITリテラシー高いですね!

けんすう : 高いですけど、霊媒師さんじゃなくても良くない気が集まるのは誰でも分かりましたね(笑)。

インターネットという『おもちゃ』

進藤 : その頃からアクセスを増やしたいとか、どうしたら注目集めるかということを考えていたんですか?

けんすう :これを実行したらどうなるかな?ということを考えてサービスを作ることが多いので、そういうことは考えていましたね。

井上 : ビジネスというよりは、インターネットというおもちゃで何かするという感じだったのでしょうか?

けんすう : そうですね、本当におもちゃという感じです。友人がバンドをやっていて、CDを作るのは大変だしMP3でアップロードして聞けるようにすれば、地方の人たちからも反応をもらう……みたいなこともやったりして。

井上 : それはおいくつの時ですか?

けんすう : 高校1年生くらいの時です。当時の無料のホームページのサーバの容量が12MBとかで。3曲アップしたらもういっぱいみたいな(笑)。

進藤 : インターネットでビジネスをはじめたのはいつ頃でしょうか?

けんすう : 19歳の時に大学受験生用の『ミルクカフェ』(注:受験に特化した電子掲示板)を立ち上げて。それもレンタル掲示板とHTMLを組み合わせた簡単なものを使っていました。ここでも少しくらいの広告収益はあったと思いますが、基本的には遊びの延長線上という感じでした。

井上 : 遊び道具としてのインターネットから、ビジネスとしてのインターネットに切り替わる境界線とかってありますか?

けんすう : 境界線はないですね……ずっと遊び道具のままです(笑)。

井上 : 面白いからやっていて、それが結果的にビジネスに繋がっているということですかね?

けんすう : 繋がってないんじゃないかな(笑)。気持ちとしては、ビジネスに繋がっても良いかな、くらいですね。

大人が馬鹿だと言うことが子供にバレた

進藤 : インターネットでの失敗などありましたか?例えばブラクラ(注:ブラウザクラッシャーの略。閲覧者のウェブブラウザやコンピュータに何らかの悪影響を与えることを目的とする、スクリプト言語・ HTMLなどを悪用したウェブページのこと。)みたいな。

けんすう : 失敗ではないんですけど、2000年か2001年くらいに当時『2ちゃんねる』の管理人だったひろゆきさんと遊ぶことがあったんですけど、ひろゆきさんがよく言っていたのは「インターネットのせいで、大人が馬鹿だと言うことが子供にバレた」っていうことだったんですね。

井上 : どういうことですか?

けんすう : 昔は大人ってそこそこ賢いと思ってたんですけど、割とどうしようもない人も沢山いるなということに気づいて(笑)それを90年台、2000年台前半に知ることができたのは良い経験でした。

井上 : インターネット上でどうしようもない大人に行き当たったんですね。

けんすう : 知的レベルは高いけど、ろくな大人はいない……みたいな感じでした(笑)。

井上 : それを感じたのは、やはり『2ちゃんねる』ですか?

けんすう : 『2ちゃんねる』もそうですし、その前の『あやしぃわーるど』(注:1990年代後半から2000年代初頭にかけて日本最大の規模を誇ったアンダーグラウンドサイト群)ですね。

井上 : 先程大人が馬鹿だということがわかったというお話をされていましたが、それを感じた具体的なエピソードがあれば教えて頂けますか?

けんすう : 某有名コテハン(注:固定ハンドルネームの略)の方で東大の人なんですけど、東大以外は馬鹿だみたいなことをオンでもオフでも普通に言ってて(笑)。頭良い人って、東大以外は馬鹿だなんて言わないじゃないですか。

井上 : 良識のある方は思ってても言わないですよね(笑)。

けんすう : そういう経験も含めて凄い面白いなあと思って見てましたね。今の若い世代はそういう人がいるってことを当たり前のように知ってますが、当時は世の中に色々な人がいるんだという感動が味わえました。世界と繋がった感じというか。

進藤 : 分かります。情報がダダ漏れになってしまうのではないかという怖さもありましたが、それ以上に凄いという衝撃がありました。

けんすう : 当時『したらば掲示板』(注:したらばコミュニケーションズが運営していた電子掲示板)があった頃、日本橋ヨヲコ先生の『G戦場ヘヴンズドア』が大好きで、したらばの広告枠を全部それにしていたんですけど、そしたら作者さんに気づいてもらえて、繋がれるという(笑)。良い思い出です。

進藤 : 本来別業界で接点が無かった人と、インターネットを通じて繋がったわけですね。

けんすう : 漫画の作者と繋がれるって、当時は凄く感動的でした。今はSNS等で、かなり距離が近い感じはありますけど。

進藤 : もっと昔だと、巻末に作者の住所が載っていたりしましたけどね(笑)。

一同 : (笑)。

オフでオンの話をしないというネチケット

進藤 : オンラインの羊たちを読んで、1番心に残ったシーンはどこになりますか?

けんすう : オフラインで知っている人同士のことを、オンラインで載せちゃいけないというシーンです。

井上 : チャットでやり取りするシーンですね。

けんすう : 今は薄れてしまったネットマナー……ネチケットですけど、オフのことをオンで載せちゃうと、しらけちゃうんですよね。

進藤 : 分かってて仮面を被るというのが、大事だったりするんですよね。

けんすう : そうですね。そういう当時のマナーが書かれているので、印象に残っているシーンです。

井上 : けんすうさん自身のキャラクターは、オンとオフでも一緒でしたか?

けんすう : 多分一緒だったと思いますね。学校の友人だけのコミュニティはオフラインの話もしましたが、『2ちゃんねる』とかでオフの話はしないようにしていましたね。確かルールとして明確にあったような気がします。

進藤 : 内輪になっちゃいますからね。そこは『オンラインの羊たち』のチャットのシーンと近い理念だと思います。チャットとかもされていたんですか?

けんすう : 『ICQ』世代でしたね。

井上 : 『ICQ』……(困惑)。

けんすう : 『ICQ』(注:イスラエルのMirabilis社により開発されたインスタントメッセンジャー)というのは、メッセンジャーの草分け的な存在ですね。IDがあって、IDを指定するとその人とダイレクトにチャットできるというのが非常に画期的でした。

進藤 : 今でいうダイレクトメッセージですね。

けんすう : 『LINE』とかを知っちゃっていると何が凄いんだって感じかもしれませんが、発明した人は本当に天才だと思いました。当時はこちらからチャットができる場所に行ってやり取りするしかなかったんですよ。お互い個人でやり取りする場合は、メールを使うみたいな時代にそれが登場して、衝撃的でした。

井上 : なるほど……。

けんすう : この感動が上手く伝わらないのがもどかしい(苦笑)。

後編を11/5(月)に公開しました!
後編はこちら!

ジヘン『オンラインの羊たち』作品ページ
https://jihen.jp/product/1352