アプリ初の青年誌レーベル『ジヘン』で連載中の『マグネット島通信』が単行本化されました。単行本化にあたり、読者の皆様に作品をより深く知ってもらうべく、作者の伊藤正臣先生とジヘン編集長の鹿島拓也にインタビューを行いました。『ジヘン』で連載開始してから単行本に至るまで、舞台のモチーフとなった島の取材や制作過程の裏側などをお伺いします。

インタビュイー
『マグネット島通信』作者:伊藤 正臣
2007年『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)『伝説の男マネさるたひこっ!』で連載デビュー。『ツギハギ生徒会(週刊少年チャンピオン)』、『片隅乙女ワンスモア(月刊バーズ)』、『タネも仕掛けもないラブストーリー(ミラクルジャンプ)』、『人魚姫の水族館(ヤングアニマル)』などの漫画を描く。2017年6月よりジヘンで『マグネット島通信』の連載開始。

青年誌レーベル・ジヘン編集長:鹿島 拓也
株式会社講談社『モーニング』、『イブニング』、『good!アフタヌーン』の編集として多くの作品を担当。その後、朝日新聞出版『週刊朝日』のマンガ編集担当や、株式会社freeeにて『経営ハッカー』の編集長などを経て、2016年7月株式会社Nagisaに入社。『ジヘン』のレーベル立ち上げ、運営に従事。

インタビュアー
取締役 COO/ジヘン編集部事業責任者:井上 大紀
(株)CMサイト、(株)サイバード、アイデアマンズ(株)にて営業・企画・マーケティング・ディレクションを経験。2013年8月に(株)Nagisaに入社し、2015年8月に取締役COOに就任(現任)。

社会人も経験したが、「やっぱり漫画を描きたかった」

伊藤先生の自己紹介をお願いします。連載デビューするまではどういったご経歴なのですか?

伊藤:大学卒業後、専門学校に通ったり社会人を経験したのですが、子供の頃からの夢である漫画家になりたいと仕事をしながら漫画を描き、26歳で週刊少年チャンピオン(秋田書店)の新人賞を頂きました。その後ネームを重ね2007年、28歳でデビュー。そして『ツギハギ生徒会(週刊少年チャンピオン)』、『片隅乙女ワンスモア(月刊バーズ)』、『タネも仕掛けもないラブストーリー(ミラクルジャンプ)』、『人魚姫の水族館(ヤングアニマル)』と漫画を書いてきました。2017年6月より『ジヘン』で『マグネット島通信』の連載を開始しています。

まだ何もないレーベルからの誘い。「素直に不安でした(笑)」


他誌での連載をされていた頃だと思うのですが、鹿島(ジヘン編集長)と出会ったのは、どのようなキッカケだったのですか?

伊藤:2016年10月のコミティアが最初の出会いです。鹿島さんから名刺をもらい『ジヘン』の説明を受けました。マンガZERO(Nagisa運営の漫画アプリ)は知っていたのですが、レーベルの存在は初めて聞きました。まだWebサイトも連載自体も何もなく、パワーポイントだけの資料を見せられて。正直、「胡散臭いな」と思ったのが第一印象です(笑)。そんな時にニコ・ニコルソン先生(以下:ニコ先生)とお会いする機会がありました。話の中で次回作の構想を尋ねたところ、『ジヘン』で理系の漫画を描く準備をしているとの事でした。「どういう媒体で描くかではなく、漫画は信頼できる編集者さんと作る事が大切」だと仰っていたのが印象的でした。ニコ先生が信頼する編集者さんだというのなら、鹿島さんは安心できる方なんだなと思い、当時『ヤングアニマル』や『ミラクルジャンプ』の連載を続けて余裕はなかったのですが、話を聞いてみようという気になりました。

そこから鹿島とネームを詰めて行くのですね。立ち上げ当初のレーベルへ、不安感はありましたか?

伊藤:ありました(笑)。2017年4月に『ジヘン』がプレオープンした際に、当初伺っていた著名な作家さんの連載はなく、連載本数も少なかったですし、その上ニコ先生の連載もまだ始まっていませんでした。5月のグランドオープンで、詩原ヒロ先生の新連載が始まったのは嬉しかったのですが、それでも連載がまだ6本。不安は募りました。その頃、周りからも「知らないレーベルの連載で大丈夫?」「すぐ廃刊するんじゃないの?」と心配されて。正式な連載契約もまだだったので、鹿島さんと作ったネームを「いっそ他の出版社に持って行こうか」と思った事もありました(笑)。ただ、小心者で鹿島さんに切り出せないまま話は進み、結局そのまま『ジヘン』で連載することとなりました。今となっては、そうなって本当に良かったと思っています。

生々しい話をありがとうございます(笑)。反対に紙とは違うスマホ発のレーベルへの期待感などはありましたか?例えば雑誌との違いや、アプリでの無料掲載など。

伊藤:掲載形式は特に意識していなかったです。単純に無料で読めるから、たくさんの人に見てもらえそうだなと思いました。ただ紙の雑誌は買ってもらえたらパラパラっとめくって、1コマでも絵柄が目に付いたら読んでもらえる可能性があるのに対し、アプリではタイトルのイラスト1枚で読むか読まないかの判断を読者がするんだな、と。一枚絵が苦手なので、緊張はありました。また、アプリやWebの漫画レーベルは原稿料の面や、編集者の介入が少なかったりと、全体的にライトであるという話をいくつか聞いていたので、漫画作りに不安はありましたが、ジヘン編集部はこれまで雑誌でやってきたようなしっかりとした作品作りの環境があり、じっくりと作品を作る事ができました。

「島モノ×描きたかったSF」編集者と一緒に練ったストーリー

しっかりした制作環境があると言って頂けて、嬉しいです。さて、今回単行本にもなった『マグネット島通信』が生まれるキッカケについて教えてください。ストーリーの着想はどこから得たのですか?

伊藤:今回の作品作りにおいては、今までとは違い「編集者からのアドバイスを受け入れる」というスタンスで臨んでいます。
なので、何を書いたらいいかを鹿島さんと相談しながら進めて行きました。

鹿島:伊藤さんはこれまでSFや、自然(海)をモチーフにした作品が多く、実際お会いしてみると食事が好きな方だったので、趣味嗜好を元にしたキーワードからディスカッションを重ね、”島モノ”というテーマをご提案させて頂きました。

伊藤:提案頂きバシっと決まりましたね(笑)。

“島モノ”というテーマに”SF”という要素が乗っかって来たのは、どういった経緯からですか?

鹿島:SFは伊藤さんが好きな要素なので、付け足したらどうかと打ち合わせを通して決めて行きました。最初から決まっていた訳ではなく、描きながら決めていただいたような気がします。

伊藤:本当は島のみにしたかったのですが、鹿島さんに質問され深堀していった結果、物語が深くなって。

鹿島:例えば主人公の女の子の茅吹初姫(かやぶき・うぶき)は伊藤さんが描きたかったキャラクターでしたが、主人公の親友のキャラクターの相楽小豆(さがら・あずき)は、私の提案でご相談させて頂いた結果、採用いただきました。

伊藤:最近思うのですが、初見で「それはないなー」と思うテーマやアドバイスが、後々良いネームになるケースが多いです。それは自分に無かった発想だと捉えて取り入れる事で、自分の実力以上の作品が描けるチャンスになりえますよね。ただトンチンカンなアドバイスでは意味が無いので、鹿島さんの的確なアドバイスがあっての事だと思っています。頂いた新しいテーマを自分の血肉としてモノにしていき、そこからいい作品が生まれる。これが「編集者と一緒に作品を創る」という事かと思っています。

「編集者からのアドバイスを受け入れる」という作品の創り方

描き進める中で変わっていった内容や物語の方向性はありましたか?

伊藤:大筋のストーリーは当初の想定と変わらず、描きたいモノがじっくり書けています。

鹿島:人間関係やSF設定は、私が質問やご提案をさせて頂きつつ、肉付けをさせて頂きました。

伊藤:表面的には内容は変わっていませんが、作品の深さが変わって行きました。その中で深みを増したキャラクターが、物語の今後の展開に役立っています。

編集側として、作家さんとコミュニーケション方法や打ち合わせの仕方など変えた点はありますか?

鹿島:伊藤さんが仰っていただけたように、「編集者からのアドバイスを受け入れる」スタイルを選択していただけたことは大きかったです。そのおかげで、作品作りの深い部分の打ち合わせができました。

伊藤:ネームのコマ割や島の風景を書いて欲しいなど、要望が細かったので、最初は「大丈夫か?」と思いました(笑)。ただ、結果的に作品作りにおいては良かったです。

鹿島:過去の作品から、伊藤さんの得意な海や自然の描写など、得意分野は伊藤さん主体で描いてもらいました。それ以外の部分ではサポートさせて頂きたくて、ご提案をしたら伊藤さんからもアイデアが出てきて、双方のアイデアが膨らみながら作品作りが進んで行きました。

日間賀島への取材で感じた「イメージを共有する為にここまで寄せてくれるのか」という感動。

作品の作り方についてお伺いします。実際に実在する『日間賀島』への取材もされているかと思うのですが、漫画に登場する『磁辺島(ジヘントウ)』をどういった設定にするかはどちらが決めていましたか?また、もともと実在する島にするという事は決めていましたか?

伊藤:私のアイデアです。ただ、実際の島をモチーフにするかどうかは決めていませんでした。

鹿島:まずは島のモチーフは関係なく、島の人の生活をイメージしたかったので、実際に島を見てみたいと考えました。色々な島の候補がありましたが、伊藤さんの住んでる場所からも近かったので、日間賀島に行ってみよう!となりました。

実際に取材してイメージは変わりましたか?描きたい島通りでしたか?

鹿島:漫画取材の基本中の基本ですが、自分が描きたいイメージの確認作業として取材を行います。

伊藤:ただやっぱりイメージと実際は違う事もありますよね。そこを無視するのではなく、どう漫画に落とし込むかを話し合ったりしています。島の人々の生活というよりは、ロケーションや風景などに取材した島のイメージを踏襲しました。

地方在住作家には嬉しい「会ってくれる編集者」

伊藤さんは過去にも他の出版社で、水族館などに取材に行った事があると伺いました。今回、鹿島と取材に行ってみて印象深い点はありましたか?

伊藤:取材もそうですが、鹿島さんは距離に関係なく(伊藤先生は名古屋在住)打ち合わせにも来てくれますね。また、打ち合わせのタイミングでもない日程の時でもご飯を食べましょうと名古屋に寄ってくれたりするのは「いいのか?」と思いつつ、素直に嬉しく感じています。

鹿島:漫画編集においては、作家さんとイメージを共有しないと作品作りができません。「考えていた景色と日間賀島のイメージって違うよね」など、共通言語として打ち合わせができる事が重要です。それもあり、取材は一緒に行った方が良いというのが持論です。

他の出版社さんではどうでしたか?

伊藤:東京と名古屋という距離もあり、取材は一人で行くことが多かったです。確かに、今回は鹿島さんと一緒に取材をして感覚を共有した事でスムーズに話ができていますね。

鹿島:実際に伊藤さんと島に取材しに行き、島役場の重鎮のような方とお話して、島への思いやプライドを聞く事ができました。そこから一緒にイメージを作って行ったので、やっぱり一緒に行って良かったなと思います。

伊藤:地方在住の作家としては”よく会ってくれる”、”顔を合わせてくれる”編集スタイルは珍しいですし、やっぱりそういったコミュニケーションが漫画家としては嬉しいですね。美味しいご飯食べさせて頂いた事で、仕事で多少の無理を言われても頑張る気になれますし(笑)。別件ですが、1月に開催された新年会は楽しかったです。昨今では編集部主催の新年会が少なくなったとも聞いてるのですが、そのような中で編集者や他の作家の先生に会うとモチベーションにも繋がります。きくち正太先生(『おせん』『瑠璃と料理の王様と』の作家)など著名な作家の方々にもお会いできて、『ジヘン』で執筆していて良かったなと思い、嬉しかったです。

アプリならではの作品への反応の早さ


実際にジヘンで連載が開始された直後の反応はいかがでしたか?

伊藤:アプリ上での掲載という事で、時間になったら無料ですぐ読んでもらえるのは嬉しいです。また連載開始時に、SNS上でコメントを貰えたのも嬉しかったですね。雑誌と比べて、アプリはユーザー的にもSNS等で読者の声が聞こえやすい位置にあるのを体感しています。

アプリではレビューなど、読者の声が近いケースが多く作家さんによって賛否がありますが、伊藤さんにとっては良い事でしたか?

伊藤:マンガZEROでコメントが沢山付くのはカルチャーショックでした。感想ってもっと書かないものだと思っていたので。好意的な意見でも辛辣な意見でも、読んだ感想を貰えるのは嬉しいです。全部読んでるので、書いてもらえるとただただ有難いですね。機会があれば、読者の本心はもっと聞いてみたいなと思っています。

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